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サルサ・ラバーズ小説

サルサ音楽にのせて贈るダンサーたちの恋愛小説。ニューヨーク・シティーの雑踏の中で織られるラテン・アメリカン系の物語。様々な愛の形を、ブログ小説でお届けします。

あなたたちが欲しくて(第1章)

サルサのリズムに、足が地を踏み、跳ね上がり、半拍子遅れて腰が8の字を描く。

 

踊っている理沙は、火の精だ、フロア中のすべての視線を吸収して、それをダンスシューズの先からのぞく、真っ赤なマニキュアをほどこした爪の先まで楽しんでいる。

 

素早く回転する首の周りを、スローモーションで追いかける肉厚なくせ毛は、普段は寝起きの扱いに苦労し、密かにまっすぐな長い髪に憧れているくせに、今はまるでそれ自体が別の生物のようだ。

 

ドラムが一層響きを増し、ボンゴのリズムが佳境を迎え、そして止まった。その瞬間、理沙は男の指に導かれ、右回転すると頭の重みを男の指三本に預け、そのまま床の近くまでディップし、同時に右足を蹴り上げて、男のもう一本の手に預けた。

 

すでに踊りやめた周りのダンサーたちから、小さな喝采が起こる。

 

宙空に足先を伸ばしたその姿勢のまま、刹那注目と歓声を味わった後、理沙は、暖かい男の手のひらと呼吸し合いながら上半身をゆっくりと起こし、息を整えながら、男と目を合わせてにっこりと微笑んだ。

 

なかなかいい男だ。

 

インカの先住民の血を引き受けた鼻梁がすっきりと顔を分けており、侵略者であるスペイン人の薄茶色のクールな目がそのふちを飾っている。

 

長めの髪を小さなポニーテールにまとめているのが、あまり嫌みでない。明らかに南米人だが、ペルーだかコロンビアだかボリビアだか分からない。上背があるので、ボリビアではないだろうと理沙は見当をつけた。

 

一昨年、ペルーでのプロジェクトに出張に行った際、ついでに有給を取ってボリビアを訪ねた。の人々は、静かな人々だった、そして一様に背が低かった。

 

「もう一曲?」

 

男が、答えを待たずして、理沙の手を握ったまま、腕の動きを素早く新しい曲のリズムに織り込んでいく。理沙は、その心地よさに一瞬足下を捕われそうになってから、なんとか踏みとどまった。

 

「ちょっと一休み。水を飲んでくる。また後でね」

 

ただの言い訳ではないことを示すために、もう一度目を覗き込んで微笑むと、理沙は廊下に向かった。

 

サルサの場で出会う、いい男たちには慣れている。しかし、その男たちがダンスフロアを離れてからもいい男であることは滅多になかった。口を開けば、オドオドと舌足らずに話す、汗にまみれた手で大きなボウルからチップスを鷲掴みにし、理沙を日本人だと知るやいなや、料理を作ってくれて、尽くしてくれるのだと、勘違いし、それを恥らいもなく口にする。

 

しかも、同じ男と何曲も踊り続けると、相手は期待を抱き始める。

 

踊り方が甘えと妖艶さに満ちているだけに、そして、踊っている間だけは真剣に相手の目を見つめ通すだけに、理沙は、あらぬ誤解をされることが多いことを承知していた。

 

テーブルの上に、チーズとクラッカーと、申し訳程度のプチトマトが並べられている。理沙は大きなウォータークーラーに直行し、紙コップからレモン水を立て続けに飲み干した。

 

振り返れば、大きな暗い床敷のサロンで、多くの男女が腰をぴったりと合わせて、次の曲に揺れていた。

 

くせのある、誘惑的な遅いリズムは、バチャタだ。技術で周りを魅せる王道のサルサダンサーたちは、この単純で、あからさまに欲情したバチャタの曲がかかると、わざわざフロアを離れる人も多い。だから、サルサパーティーではたまにしかかからない。

 

「見たよ、あれはいいディップだったね」

 

理沙の汗で濡れている裸の肩に手が置かれた。

 

「リサだからこそできる」

 

振り向くと、すぐさま腕が伸びてきて、きついハグをされたあと、両頬にキスをされた。

  

<第2章に続く>

 

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