テ・アモ(Te Amo)第1章
細身のスーツを着こなした若い男性とエリカは、曇り空を指差し、肩をすくめ、笑いながらハグを交わし、手を振った。
スペイン語の嬌声があまりの大声なので、私はいちいち辺りを見回してしまうのだが、さすがはニューヨーク、人々はコートの襟を立てたまま、足早に通り過ぎるだけだ。
「今のやつも、ペルー人だった!」
浮かれついでにギターを意味もなくかき鳴らし、 白い息を吐きながら、エリカは言った。
「ついでに、『君の彼女?』って、お前の方を指差して聞いてきたぞ。さすが、ニューヨークのゲイは、鋭い」
「さすが本場だね」
と苦笑する。「でも、エリカ、ちゃんと訂正したでしょうね?そうじゃないって」
「ふふん」
エリカは鼻を鳴らし、答えない。
三日前にニューヨークに着いてから、 浮き沈みが激しかったが、いよいよ目的の日が明日だというので、今日のエリカは手がつけられない。
いきなりけたたましく笑ったり、ぼーっとして返事もしなかったり、まるで子供だ。
私は、まさにベビーシッターとして連れてこられたのだ。その事実を私は心の中で呪った。
その時、ショートヘアの中年女性二人が、エリカのギターを見て立ち止まった。二人とも、暖かそうなウールのコートに太り気味の体を包んでいる。よく似た雰囲気の二人だと思ってみたら、なんと、二人は仲睦まじげに手を繋いでいた。
そんな必要もないのに、私はそれを見た途端に目をそらしてしまった。いけないものを見たかのような罪悪感が、不思議に沸き起こる。
エリカは、もちろんそんなことには無頓着に、ギターを膝に抱えたまま、今は土まで凍てついている花壇の端に腰をかけて、エリカにしては愛想よく、ハーイ、と声をかけた。
「どんな歌を弾けるの?」
一人がイギリス訛りの英語で聞いた。
「なんでも」とエリカが大嘘をつく。
「今日は、彼女の誕生日なのよ。なにか素敵なのを弾いてあげて」と言われて、もう一人が恥ずかしそうに笑った。
「じゃあ、二人にぴったりな一曲を捧げましょう」
エリカが、どこかで聞いたことのあるイントロを弾き始めると、コードを押さえる指先がピンク色に染まった。真っ直ぐの長い髪の毛が、時折強くなる冬の風にあおられて、少しだけ乱れる。
短く息を吸い込むと、低く、艶のある声が、あの小さな体からほとばしり出て、歩道を満たす。
無関心なニューヨーカーたちが、一人、二人と立ち止まる。それだけの力があるのだ、エリカの声は。
私もポケットに両手を入れて、この歌姫が愛と運命を語るのに耳を傾けた。
<第2章へ続く>
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