サルサ・ラバーズ小説

サルサ音楽にのせて贈るダンサーたちの恋愛小説。ニューヨーク・シティーの雑踏の中で織られるラテン・アメリカン系の物語。様々な愛の形を、ブログ小説でお届けします。

テ・アモ(Te Amo)第2章

 エリカとは、大学に入学した頃からの付き合いになる。とは言っても、彼女は学生ではない。無断でキャンパスに入り込み、南棟の前の欅の下で、落ち葉にまみれて、ギターを抱えて歌っていたのだ。小麦色の肌と琥珀がかった瞳のせいでハーフに見えたが、後に、実際は四分の三は日本人だと、わけのわからない説明をしていた。真っ直ぐの黒髪を腰まで伸ばしていて、ほとんど化粧もしない。一年中カーゴパンツを履く主義は、あくまでも日本の流行を無視している。

それでもエリカは綺麗だった。

特に歌う時の彼女は、眉をしかめて、凄みのある美しさだった。歌は、スペイン語の歯が浮くようなバラードに、たまに日本語のオリジナルらしい曲が混じる。

 

「大学には変な人がいるんだなあ」と凡庸な感想を持ちながら、三限目のスペイン語の授業を終えて暇だった私は数人に混じって、ある日、壁にもたれて聞いていた。Amor -- 愛が届かない、という内容の、やたらと繰り返しの多い曲だった。

数人がパチパチと手を叩くと、まるでお花畑にウサギを見かけた少女のように、にっこりと笑った。

「Gracias. 最後まで聞いてくれて、ありがとう」

「今のは、自分で作ったの?」と聞いていた男子学生の一人が聞いた。

「そう、オレのオリジナル。なに、気に入ってくれた?」

自分のことを「オレ」と言う呼び方と、雰囲気と全く合わないぞんざいなしゃべり方に気押されたのか、その学生が曖昧な笑みを浮かべて、後ずさった。

 

壁から体を浮かせて、気になっていたことを聞いてみた。

「あの、なんで、スペイン語の歌ばかり歌ってるんですか。」

「オレ、もともと日系ペルー人だから」

ペルーと聞いて、懐かしい感じがした。私は行ったことはないけれど、若い頃マチュピチュに惚れ込んだらしい母の弟が、ペルーに永住して、ツアーガイドをやっている。あんまり連絡はないけど、親戚で集まると、必ず噂話が出る。

 

そう告げると、

「へえ。どこ?」

「えーと、チチカカ湖の近くの町だった。名前まで覚えてないけど」

「お前は?途中、口パクしてたぞ。南米に行ったことあるのか?」

「あ、行ったことはないけど、一応スペイン語専攻だし。まだ全然だけど」

それだけリフレインすれば、たとえスペイン語が一言もわからなくても一緒に歌えるだろう、とは言わなかった。周りを見回すと、ほかの学生たちが、ばらばらに正門の方へと歩き去るところだった。彼女は、子犬みたいな目でじーっと私を見つめると、座っていた花壇からバネ仕掛けのように飛び上がった。

右手を差し出した。

「ワタナベ・エリカ。よろしく」

「あ、どうも。えーと、塚本奈津江です」

「メシ、食わない?」さっさとギターをしまいながら、「この近くに、美味しいスペイン料理を食わせるところがあるんだ。綺麗なとこじゃないけどさ。ボリビアの話でもしよう」

(次回へ続く)

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